来 歴


くらやみの中を


風を見たか
おまえは風の行方を見たかと
古い唄の節が
わたしの耳に栓をする日
ことばは風に似ている
肩を叩かれて
ふり向いたときには誰も見えない
寝ている耳にも
熟れすぎた果実が
一つまた一つ
台地に還る音が聞こえる日
自分の重みの分だけ
無残につぶれて行く
ことばは黙って目を伏せている
背後のドアが
大きな手で閉じられる日
少ししかたたないのに
また同じ手で追いたてられている
はげしく息を切らして
階段を登ったり降りたりしている
顔のない男たちがふえて行く

いつたいいつから
町は霧に占領されているのだろう
いさぎよいことばを
きっぱりと選ぶことのできる
醒めた目はどこへ行ってしまったのか
何でもたやすく映して見せる
ガラス玉のごときもの
ちらっと合図さえしないで
通過する行列のごときもの
花瓶にはさしきれない薔薇
画布からあふれ出て
色変わりしてしまった豊饒な紅
ゆきどまりの道ばかり歩いている
どこもかしこも霧のにおいがする

目をつぶったときしか
よみがえってはこない
ほんとうのことばがあるとしたら
枝ぶりのいいアカシアの木を添えて
底ぬけに明るい胸の中の空の
きっちり計算された中天へ
もう一つのことばを掲げるのだが
枯れ葉の下に芽ぶいている
まだ生まれない風景と
わたしの魂の輪郭をなぞって
かすかに震えていることばとが
ぴったり重なる夜明けまで
今はことばのくらやみの中を
目をつぶったまま駆けぬけて行く

原文のまま。いつたいいつから っがつになっています。

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